岩手釜石市只越町に拠点を置く南部藩壽松院年行司支配太神楽の活動ブログです。年行司太神楽奉納支援 実行委員会が運営しています。


by nengyouji

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カテゴリ:年行司太神楽とは?( 2 )

保存伝承活動

e0301805_14445033.jpg年行司太神楽の神楽衆は現在60人弱であり、舞手も約30名を数える。年行司太神楽は釜石市只越町の只越集会所を宿として活動していたが、東日本大震災によって甚大な被害を受けた。伝承者に報告してもらった「被災状況」を紹介しておきたい。
「3月11日の震災により人的被害」として、「50歳代の神楽衆2名死亡」と「家族を亡くした神楽衆多数」があげられている。一方、「物的被害」として、「本拠地の只越町は壊滅状態の為、神楽衆多数の家は流失」、「年行司太神楽集会所流失」、「祭装束、山車飾り保管神楽衆宅流失」、「祭備品、太鼓や他山車飾り保管神楽衆宅流失」、「獅子頭保管年行司相談役宅流失、獅子頭一頭流失」、「個人にて装束流失神楽衆多数」、「山車は高台にて保管の為津波被害は無し、地震の影響で山車腰下の柱折れ、など多数ひび割れ」があげられている。

e0301805_14485921.jpgそして、「私の分かる範囲での状況は太鼓、大太鼓3基、小太鼓4基、獅子頭5頭(後日神楽衆にて捜索し4頭発見)、年行司所有祭装束全て(子供用約30人分、大人20人分)、山車以外の年行司団体所有の物全て 以上全て流失です。」という。従来は悪魔祓いのため家々を回っていたが、多数の住宅が流失した現在、門打ちを継続することは不可能である。現在は各種の助成などを利用して、活動を復旧させている最中であるが、依然として課題は山積している。とりわけ集会所を再建することは急務である。
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だが、年行司太神楽は装束や道具も十分に揃わない状況で置かれていたかかわらず、2011年10月14~16日に開催された釜石まつりに参加することによって、神楽衆の団結力を確認することができたのみならず、釜石市内の住民を勇気づけることもできたと考えている。また、震災後は各種の助成などを受けたことに感謝するため、伊勢神宮の式年遷宮を除いて釜石市外において上演してこなかった従来の慣例を乗り越えて、岩手県沿岸部の民俗芸能を代表する存在として釜石市外にも登場している。
実際は平成24年(2012)11月18 日に国立民族学博物館が企画展「記憶をつなぐ――津波災害と文化遺産」にあわせて開催した企画展関連イベント「南部藩壽松院年行司支配太神楽みんぱく公演」のみならず、平成24年(2012)11月19日に産経新聞社がエルセラーンホールにおいて開催したシンポジウム「地域の再生 文化の継承」においても、その冒頭を飾って公演した。
そして、2013年は伊勢神宮の式年遷宮に奉納する年である。年行司太神楽にとって最も重要な機会の1つであり、神楽衆は何としても実現させたいと考えている。(橋本裕之)
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by nengyouji | 2013-02-14 14:51 | 年行司太神楽とは?

南部藩壽松院年行司支配太神楽とは?

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岩手釜石市只越町に拠点を置く南部藩壽松院年行司支配太神楽(以下、年行司太神楽という)は、元禄12年(1699)に釜石の守護神である尾崎大明神(現在の尾崎神社)の遥拝所が建立されるさい、盛岡藩の修験を地域単位で管理する年行事のうち閉伊郡を担当していた壽松院によって任ぜられて、御神体の御供として奉納されたという。実際は盛岡藩の芸能集団である七軒丁から習ったといわれており、藩政期における芸能の実態に迫る手がかりとして重要である。
年行司太神楽は今日でも釜石三社といわれる釜石総鎮守八雲神社・尾崎神社・綿津見神社の祭典において、いずれも守護役として御神体が渡御するさい最前列に位置して露払いを勤めている。また、尾崎神社の本宮から里宮に御神体を迎える曳船祭においても、御神楽船を仕立てて、御神体が鎮座する御召船を先導する。また、家々の悪魔祓いを担当する。さまざまな芸能が伝承されている釜石市内でも、歴史に支えられた由緒と格式を誇る団体として群を抜いているといえるだろう。
演目は現在、通り舞と狂い獅子の2演目が現行曲として伝えられており、2演目で約20分かかる。通り舞は門打ちで演じられる祓い清めの舞であり、祭典において神輿が休むさい、御旅所で神輿を休ませる場所を清める舞でもある。通り舞は通常、子どもたちが担当する。一方、狂い獅子(くりとも遊びともいう)は年行司太神楽の代表的な演目である。神社などに奉納するさいに舞う。門打ちのさいは限られた旧家や年行司太神楽の縁故者宅でしか舞わない。舞い手2名が必ずその家の神棚に獅子頭を祀り、祓い清めの散らし太鼓を鳴らしながら、その家の当主も加わって、神棚を拝した後に舞う。狂い獅子は四方固め、謡やぐら、雲切り、鈴舞、地すずり、悪魔祓いによって構成される。
また、鵜住居虎舞に残っているような手踊りも伝承しており、甚句とうさぎの2演目が存在している。甚句は二列を構成して、列を入れ替えながら踊る。また、うさぎは童謡の「うさぎ」を威勢よく歌いながら、二列を構成して月を見る所作を見せながら踊るものである。年行司太神楽の手踊りはいずれも子どものみの演目であり、ほかの団体とちがって大人は踊らない。

出典:季刊民族学
南部藩壽松院年行司支配太神楽と国立民族学博物館
―企画展関連イベント「南部藩壽松院年行司支配太神楽みんぱく公演」に寄せて―
追手門学院地域文化創造機構特別教授 橋本裕之
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by nengyouji | 2012-12-28 13:50 | 年行司太神楽とは?